統合の魔術

投稿日:2021/07/14

1.ワクチンは効くのか?

 中野区に開業して30年、いつの間にか毎年のようにインフルエンザワクチンを接種するようになった。ところが、ワクチン接種をしたにもかかわらず、感染する人が後を絶たなかった。国は、ワクチンは感染を予防するものではない、重症化を防ぐものだと説明していた。毎年医師会で開かれるワクチン説明会では、前年度のワクチンの有効性に関する報告があった。専門家は、効果は出ているというが、多くの医師はたいして効果があると実感できなかった。

 そこで、ワクチンの本当の効果を調べてみた。驚くべきことに、インフルエンザワクチンに効果があるといる科学的データはなかった。感染を予防する効果もなければ、重症化を阻止する効果さえ実証できていなかった。

かなり以前から、ワクチンの防腐剤に水銀が使われていることが問題視されてきた。欧米では、自閉症の増加の原因としてワクチンの水銀が疑われている。専門家の調査で、関連性はないと否定されたが、信じない人も多かった。

 さらに不活化ワクチンの効果を高めるために混入されているアジュバントの危険性は、ほとんど研究されていない。アジュバントの出現によってはじめて不活化ワクチンの有効性が高まったが、同時に人間の免疫をかく乱する作用があることが実証されている。ワクチン専門家の中には、アジュバントのリスクの故にインフルエンザワクチンを中止するように勧告している人もいる。

 私自身の結論として、インフルエンザワクチンはやめたほうが良いと考えている。多くの生ワクチンは、確かに有効である。はしかや風疹のワクチン接種は、一生に2回に過ぎない。ところが、インフルエンザワクチンは、毎年接種するのだ。これだけ危険性があって、効果のないものを毎年接種することで、どれだけ人々の免疫がかく乱されているか、計り知れない悪影響がある。

 私は事務長と相談して、インフルエンザワクチンを接種しないことを決めた。もちろんその発端は、並木先生の講演でインフルエンザワクチンが効かないことが何度も取り上げられたことにある。

 診療所では、毎年700人近い人にインフルエンザワクチンを接種していた。それを突然中止することにしたのだ。どんな反発があるだろうか? 患者さんになんと説明したらよいだろうか? 区役所には、医師会には、どう説明したらよいのだろうか? ワクチン接種は10月から始まるが、8月に医師会からエントリーの応募用紙がFAXされる。眼科医や皮膚科医で応募しない診療所もたくさんある。しかし、地域の内科医でワクチン接種をしない診療所など皆無だった。

 まだ一言も発する前に、私の中で恐怖感が津波のように襲いかかってきた。胃の腑をぎゅっと握られるような恐怖感だった。同時に、インフルエンザワクチンが地域医療を支配する管理システムになっていることを実感した。医師会にはワクチンを推進する専門家が講演にきて、いかにワクチン接種が地域医療に重要かを説明した。権威ある専門家の言葉は当たり前のように受け入れられた。ワクチン接種を行えば、国から報酬が支給される。マスメディアはワクチンの大切さを人々に啓もうする。こうして巨大なマインドコントロールシステムが完成する。もちろん十分な科学的根拠があり、科学的実績があれば、それは素晴らしく人類に貢献するシステムだった。ところが、しばしばこのシステムが腐食していることが露呈するのだ。私は、その腐食を何度も目撃することになった。

現実は、心の反映である。それは私とって十分すぎる事実だった。

「外には何も起こっていないのですよ。心の中のあなたの体感があるだけです。」並木先生の言うように、まさにその通りなのだ。にもかかわらず浮かび上がる恐怖感は、私の中に巨大な制限があることを表していた。もし制限がなければ、どんな困難があっても恐れる感情は生まれない。私は何を恐れているのだろうか?

同じ医師会の同僚から軽蔑されるのではないか。根拠のない迷信を信じて迂闊な行動に走っているのではないか。地域社会の中で、変わり者のレッテルを張られるのではないか。それらの不安が恐怖となって私を閉じ込めるのだった。制限とは、自分自身に対する無価値感だった。劣等感だった。低い自己評価だった。

私は、それらを統合した。何度も何度も統合して、自分の中の制限を外した。その恐怖感は、今回の人生の経験からきているかもしれない。あるいは、過去世の経験に基づいているかもしれない。胸にぬめりとした恐怖感という塊があった。それを巨大な鉄の塊にイメージして、取り出しては外した。はじめのうちは、外れたという実感がなかった。しかし、繰り返すうちにすっと消える瞬間があった。ところが、翌日にはもうそこに戻っていた。胸に鉄の重みを感ずるのだ。

「この地域で医療をやっていく以上、ワクチン接種は避けて通れないよ。」私は、妻に弱音を吐いた。妻も心配していた。診療所の経営からも、ワクチン接種から離脱する経済的打撃は決して無視できない額だった。医療行政の中に、自分がからめとられていることを実感した。いっそ、保険診療をやめてしまおうかとも思ったが、それこそ墓穴を掘る選択だった。

私は、摩擦を最小限にする対策を考えた。

「当院では、インフルエンザ予防接種は取り扱っておりません。」簡潔な文章を院内に掲示することにした。

通院する患者でワクチン接種を希望する人は、近所の診療所を紹介できる。ところが、在宅患者は歩けない。在宅患者の家族こそ、強くワクチンを希望していた。そこで、これらの患者には無料で接種することにした。

私たちは腹をくくった。職員向け説明会を開催し、事務長がなぜワクチン接種を中止するのか説明した。効果がなく、副作用があるというたくさんのデータがあった。一方、効果があって、副作用がないというデータはなかった。事実、前年は職員全員接種したにもかかわらず、6人が感染していた。次第に私の中の恐怖感がなくなっていった。職員の中に反発する人はいなかった。職員のワクチン接種は、例年通り希望者に無料で実施することにした。

そして、10月1日を迎えた。驚くべきことに、反発する患者は一人もいなかった。ほかの診療所まで出かけなければならず、不便になったという声は届いたが、なぜ中止したのかと詰問する人は一人もいなかった。中には、「先生のお考えを教えてください。私も接種しないことにします。」「やっぱりワクチンは効かないのですね。」と小声で打ち明ける人が何人もいた。

結局恐れていたことは何も起こらなかった。行政や医師会からの反発もなかった。恐怖感は私の杞憂だったのだ。統合の素晴らしさを実感した瞬間だった。

2.グルメの神様

 私にはオーラが見えたり声が聞こえたりするような華やかな霊的能力とは縁がなかった。しかし、自分の求めるものを嗅ぎ分ける力は優れていた。知っているという能力だ。霊知ともいわれるが、本人が中々気づかない能力だ。

 並木先生の香港リトリートに参加した時だった。夕方の自由時間に、参加者4人で食事に行くことになった。中に香港に毎月のように来ている通がいた。

 「素敵なレストランがあるから、案内するわ。」

 彼女に連れられて、ペニンシュラホテルの横を通り、立体交差の脇をすり抜けて夜の街を歩いた。ところが、レストランと思しき一角は全く明かりのない暗がりになっていた。一区画全体が建て替え中であった。その時、「僕にはグルメの神様がついているから、僕についておいで。」私が突拍子もないことを言った。

 左手は、大きなバスターミナル。右手は工事区画。レストラン街を思わせる灯はどこにもなかった。私は、バスターミナルの左手に向かって歩き出した。リトリートで興奮していた私たちは、ぺちゃくちゃおしゃべりをしながら歩いた。すると、レストランが散在する一角に出た。私の目に、日本食レストランが飛び込んできた。

 「香港まで来て、和食じゃね。もうちょっと探そう。」

 私たちは、ぐるぐる歩き回ってついにオーガニックレストランを見つけた。ショウケースにはおいしそうな野菜たちが並べられたビュッフェ形式のレストランだった。そのレストランに決めて、受付に並んだ。ところが、「生憎、満席です。」と丁寧に断られてしまった。散々歩き回った私たちは、がっかりして、どっと疲れが出た。

 「さっきの日本食店に行きましょう。」私が皆を案内した。

 店に入ると混んでいたが、右手のテーブルが空いていた。どっかりと4人が座り込み、メニューを見ると美味しそうな海鮮料理が美しく並んでいるではないか。刺身の盛り合わせの何と豪華なこと。寿司もあれば、日本酒もあった。店員が皆日本人に見えて、親近感があふれた。

 ところが、「刺身の盛り合わせと海鮮丼と、、、」日本語で注文を始めると、全然通じなかった。番号で言ってくださいと身振りで伝えてくる。料理は、すぐに出てきた。刺身の盛り合わせの豪華なことにびっくりした。トロやエビ、ウニが惜しげもなく盛りつけられている。つやつやした輝きが新鮮さを物語っていた。

 「ゆきちゃんは、やっぱりグルメの神様がついてるわねぇ。」皆に褒められた。

 その日から、私はレストランを探すとき、グルメの神様がついていると言うことにした。不思議とどんな状況でも美味しいレストランを発見した。いつも、神様は裏切ることがなかった。

3.直観力

 最近直観力が鋭くなってきて、自分でも驚くことが続いた。

 ある日方位磁石が頭に浮かんだ。コンパスは買うと意外と高かったなと、以前のことを思い出した。西堀貞夫先生の作った免疫音響椅子のことだ。2年ほど前、長男である事務長が「素晴らしい椅子があるのだけど、座ってみないか?」と誘いに来た。低音の振動に体を揺さぶられているだけで、がんが治ったり、認知症が良くなったりする椅子があるという。

 シャスティーナの仲間に相談すると、知っている人も多く、既に何度も座ったことがある人もいた。彼女は乳がんの全身転移を起こしていたが、外見は健康そのものだった。西堀先生の展示場に足を運び、一時は自分用に購入しようとすら思ったそうだ。

 妻と長男と3人で五反田の展示場に足を運んだ。小太りの話好きな好々爺だったが、80歳とは思えない程溌剌としていた。特許を2000件持っており、資産は5兆円。飛びぬけた天才だった。その彼が10年間の心血を注いで作った椅子は、日本では評価されていなかった。しかし、倍音を生み出す超重音は、全身を骨の髄から震わせ心地よい陶酔感を味わわせてくれた。なんと私たちは、3時間もその椅子に座っていたのだ。

 さらに驚くべきことは、机の上の方位磁石だった。並べた磁石が好き勝手な方向に向いている。ゼロ磁場になると、磁場が狂うのだと言う。磁力線の流れさえもまったく無視したかのように好き勝手な方向に動く針にはまさに度肝を抜かれる。私は、思わず机の下に細工があるのではないかと、覗いてしまった。

 西堀先生も、ゼロ磁場がどうしてできるのか説明できないとのことだった。さらに不思議なことは、この椅子を数か月間使い続けないと、ゼロ磁場はできない。しかも、椅子の周りのどこにできるかは、誰もわからないと言う。

 日本の中央を貫く中央構造線、フォッサマグナは、巨大なプレート同士がぶつかりあい、せめぎ合っている場所である。この場所にゼロ磁場が形成される。だから古来崇高な神社がこの構造線の真上に存在している。東から、鹿島神宮、氷川神社、諏訪大社、豊川稲荷、伊勢神宮、天河神社、高野山、淡路島、大剣神社、石鎚神社、幣立神宮。これら場所では磁石が全く方位を指さなくなる。同じ現象が、椅子の周りで起きているのだ。

 診療所に音響免疫椅子を設置したのは、2年前だった。ところが、コロナ騒ぎもあってほとんど稼働することがなかった。最近になって事務長が毎日1時間椅子に座るようになった。すると、体温が0.2度あがった。妻が1時間座ると0.5度上がった。

「そろそろゼロ磁場ができるころではないかな。」

私が質問すると、「いやいや毎日数時間座っても、3か月はかかるでしょう。」アドバイザーの説明だった。

 いつどこにできるかわからないゼロ磁場のことが急に気になった。事務長に、「磁石をたくさん買って、どこにゼロ磁場ができてくるか写真を撮ってみたら?」と誘いをかけた。

すると、「どこにできるかわからないものをどうやって捉えるのか。」と気乗りがしない様子だった。

 「もし、ゼロ磁場が形成される様子を写真に撮れたら、未だ誰も見たことがない写真になるよね。どこにできるかわからないけど、椅子の上にできると意図したら、できる可能性はあるよね。やみくもに調べるのは大変だけど、椅子の上とか、ゼロ磁場のできてほしい場所を調べ続けたら、やっぱりそこにできるのじゃないの。」私は、ずいぶんと固執した。

 すると、事務長が椅子の周りのゼロ磁場を調べてくれた。何と既にできかかっているではないか。アドバイザーの方は、3か月はかかると言っていたのに、稼働させてわずか1か月で、椅子の後ろの磁場が揺れだしていた。

私たちは、慌てて方位磁石を6個購入することにした。ゼロ磁場がどんなふうに現れ、どんな風に成長していくのか。未だ誰も見たことのない現象だった。十字に並べた方位磁石が勝手な方向を指し示す現象は、誰でも度肝を抜かれる。ゼロ磁場は、徐々に成長すると言う。いったいどんな風に成長するのだろうか。

 ふと頭に浮かんだ磁石が、こんな展開をするとは驚きだった。

4.インスピレーション

 インスピレーションは突然やってくる。やってきた時、不思議と何をつかんだのか分からない。内容が瞬時に把握できる時もあれば、ゆっくりと展開していくこともある。身体には何かをつかんだという感覚だけが残っている。

 令和元年5月の日曜日、妻と私は京都の下鴨神社を訪ねた。参道を歩いていくと、右手に道が分かれ、池のほとりに瀬織津姫の神社があるはずだった。広い境内を探したが、それらしい景色はなかった。参道のわきには大きな案内所がある。御朱印受付と書かれている。

「瀬織津姫神社はどこですか。」係の男性に尋ねると、また来たかといった風情で苦笑いをしながら、丁寧に説明してくれた。

 参道を右手に回ると、大きな人工の池があった。池というよりもじゃぶじゃぶ池のイメージで浅く水が張ってあった。水面には和紙で作られた球体がいくつも浮かんでいる。何かのアート展示なのだろう。池の右端に小さな太鼓橋があり、その先に小さな祠があった。広大な神社の中に祭られた小さな祠だった。これでは見つからない訳だ。私たちはゆっくりと参拝した。そう、三礼、三拍手をした。

 帰りの新幹線の中で、私はトランプ大統領のことを考えていた。令和元年の頃は、まだ人々はとんでもない大統領、アメリカの恥などと思いこんでいた。平成29年1月、大統領就任直後に、トランプはシリアに弾道ミサイルを撃ち込んだ。メキシコの国境封鎖、国境の壁も盛んにそしられていた。

 私はとんでもない大統領が現れたと思った。ところが、その後奇妙なことに気づいた。世界中で戦争がなくなったのだ。シリアやトルコで凶悪なテロを繰り返していたISがみるみる力を失っていった。オバマ大統領の時代には、日本人も何人も捕らえられ、残虐に処刑された。世界中でテロが発生し、フランスやスペインだけでなくアフリカの国々でもテロ事件が続いていた。北朝鮮の金正恩は、核実験とミサイル発射を繰り返して世界の耳目を集めていた。ウクライナでも、中東でも常に戦争が続いていた。それがほとんど皆無となったのだ。

 トランプ大統領は打たれ強かった。メディアや世界中からバッシングを受けながら、どんどん力を増し政策を実現していった。極悪非道な面相をしながら、世界に平和を実現していた。トランプ大統領の真の目的は何かと自問した。するとインスピレーションが降りてきた。

第1は、もちろん戦争をなくすことだった。アメリカや欧州には影の政府と呼ばれる権力機構が存在している。彼らは闇の権力を駆使して、戦争を継続し富を一部の人々に集約させている。人類は第2次世界大戦以降、戦争のない平和な世界を渇望した。だが現実は、東西冷戦が構造化され、ソ連邦崩壊後はテロとの戦いが構造化されている。人類は常に悲惨な戦争を続けているのだ。

欧米の諜報機関が構造的な戦争の元凶となっていることは暴露されている。エドワード・スノーデンやジュリアン・アサンジの献身的な活動にもかかわらず戦争は終わらなかった。それがどうだろう。トランプ大統領は見事に戦争を抹消したのだ。今までのように平和主義を掲げるのではなく、好戦的態度を派手に演出しながら戦争を終結させたのだ。戦争がなくなってみると、世界中の戦争をアメリカが起こしていたことがはっきりした。もともとアメリカが加担しなければ戦争は起きなかったのだ。

第2は、金融システムの再構築だ。全人口のわずか1%の人々が、世界の富の82%を独占している。ある意味で99%の人々は、経済的奴隷だ。国家も裏社会も、誰も知りえない膨大な裏金を使っている。

どうしてこんな世界になっているのか。その最大の原因は、お金に名前がついていないことだ。もしお金に所有者の名前がついていたら、今のように非合法的で不正な金を動かすことはできない。ビットコインの出現によって、たった1円に至るまでお金に名前を付けることができるようになった。

経済の決算システムはデジタル通貨に向かっている。トランプ大統領がこの決算システム構築に成功したら、世界から裏金が消滅する。それは取りも直さずありとあらゆる裏社会の崩壊を意味していた。

第3は、情報開示である。ケネディ大統領はUFO情報を開示しようとして暗殺されたと言われている。米軍にはリバースエンジニアリングと呼ばれる宇宙人から獲得した技術が大量に蓄積されている。既にフリーエネルギーの技術もできあがっていると言う。こうした情報は全く闇に隠され、人類の繁栄に貢献していない。トランプ大統領が情報開示に成功するためには、上下議会の半数以上を掌握する必要があった。その時大統領は、実際にゴールに近づいていた。

私は、瀬織津姫からもたらされたインスピレーションを、並木先生にぶつけてみた。すると、先生はくるっと一回転して言った。

「ぜーんぶその通り。」

私はしゃべることに夢中で、並木先生の顔を見ていなかった。隣にいた友人が、私がしゃべっている間、飛び出るほどおっきな目をして私を凝視していたと教えてくれた。

5.自己ヒーリング

 統合は自分の中の制限、思い込み、常識、枠組みを外していく作業だ。制限を外すごとに自由になっていく自分を感じた。一方で心の奥底に孤独、虚無感を抱えていた。子供時代からの深い孤独感は、幸せな結婚、愛する妻、かわいい子供たち、優しい親戚、楽しい人間関係によって、以前よりはるかに薄くなっていた。しかし、心の奥底に残されたどうにもならない虚無感は拭えなかった。何かが足りない。イエスはその何かを、「永遠にくめども尽きない生命の泉」と表現した。疲れた時、一人になった時、ひょっこりと虚無感が顔を出した。年を取るにつれて、身体の奥底から湧き上がる情熱が減っていった。相対的に、虚無感が強くなっていった。

 日赤医療センター研修中に、外科部長とよくおしゃべりをした。

患者さんと話しているとき、部長は言った。「私も60歳になって、孤独というものがどういうものかわかってきました。」

すると、「60の孤独なんて、80歳の孤独に比べたら、子供だましのようなものよ。」と言い返されて、ぎゃふんとなったと言う。

まあ、孤独の自慢話では、希望は生まれない。

 香厳和尚のように、跳ねた小石がカーンと竹を打つ響きによって忽然と悟りたかった。ゴーピ・クリシュナやキュブラー・ロスのように、湧き上がるクンダリニーエネルギーで宇宙まで拡大したかった。しかし、それは見果てぬ夢だった。

やがてその虚無感は、神との分離のためだと気づくようになった。すべての人に根源的に存在する孤独なのだ。実存主義は、それを人間の本質ととらえた。しかし、私は耐えられなかった。どこかに道があるはずだ。

 ワークショップに参加するたびに、並木先生は次から次へと新しいワークを紹介してくれた。その中で、私が痛く気に入ったワークがあった。300スリスリだ。手のひらを300回こすり合わせていると、手のひらの中央にある労宮というつぼが活性化する。こうして温かくなった手のひらを胸に当てて、瞑想するのだ。たったこれだけのことだったが、私のハートは限りなく癒されていった。

来る日も来る日も、私は300スリスリを続けた。まるで乾いた砂漠に水が染みこむように、ハートが癒された。それは、顔に深く刻まれた皺が徐々に薄くなり、やがて消えていくような作業だった。あっという間に2年半という月日が流れていた。

そしてついに私にも生命の泉とつながる日がやってきた。コロナ肺炎にり患した後だった。心が地球の奥底とつながる感覚が生まれた。何かしらわからないエネルギーが心の底からふつふつと湧いてきた。それは不思議な感覚だった。どんなに疲れていても、エネルギーは放射し続けていた。虚無感はかき消され、孤独はなくなった。何かにいつも繋がっていて癒されている感覚だった。

そして、300スリスリをすると瞬時に全身にエネルギーが復活した。身体の芯から暖かく感じられるのだ。特に背中が温かかった。そして、頭上から光の柱が下りてきた。天井を見上げるとまぶしいほどの光を感じる。頭頂部にはいつも注がれるエネルギーの柱が感じられた。劇的に押し寄せる至福とは違って、穏やかな優しいエネルギーだった。汲めども尽きぬ永遠の生命の泉、まさにその通りだった。患者と話をしていても、小躍りしたくなるほど声が弾んだ。

6.カルマ・神の罠

 人は皆カルマを背負って生まれてくる。カルマのない人などいない。カルマがなければ、この地上に生まれてくる必要もない。カルマとはその人の人生の課題だ。私はそれを神の罠と呼んだ。なぜなら、ほとんどの人が困難で苦痛に満ちたカルマを背負っているからだ。私のカルマは、貧乏と怪我や病気、孤独と家族の離散だった。

医学部5年生の頃が、精神的にどん底だった。私の眼には浮浪者さえうらやましく感じられた。孤独が石板となって背中に張り付いていた。それは、触れば触れることできると思われるほどに実在していた。人は何のために生きているのだろうか?どうせ死んで消えてなくなってしまうのなら、人生に何の意味があるのだろうか?神は信じられなかった。死後の世界など、想像することもできなかった。死ねば消えるのだと、信じていた。それが常識だと思っていた。

クラスでは最低の成績だった。授業がつらくて、ついに出席することもできなくなった。喫茶店で時間をつぶしていると、同じような人が大勢いることに気づいた。皆、孤独を一身に背負っていた。

 ついに私は決心した。担任教授に会いに行った。一年留年してやり直したいと申し出た。教授は詳しい事情は聞かなかった。しかし、まったくの落ちこぼれの私のことをよく知っていた。授業にもあまり出なかった私のことを、どうして知っているのだろうか不思議だった。けれどもその決心が私を救った。私は、3か月間毎日図書館に通い勉強した。最初は全く分からなかった医学部の授業の全貌が見えてきた。得意な科目が増えていった。1年留年したが、それからはいつも前の席で授業を聞き、よく質問をした。卒業すると楽しい研修医時代が始まった。私にはいつも勉強する習慣がついていたので、よく学び、よく遊んだ時期だった。そして、突然にカルマへの挑戦を始めた。もう一度家族を作ろうと決心したのだ。いや、その決心は心の表面には浮かび上がらなかった。心の奥底で何かが決心したのだ。

 恩師の紹介で妻に出会った。結婚前に妻の祖母の法事があった。12人の義父母、叔父叔母となる人が並んでいた。私は嬉しかった。心の中で、きっとこの人たちを看取るようになるだろうと思った。その後、実際5人の方を看取らせていただいた。

 義父は個人病院の創業者だった。子供4人に恵まれたが、全員女の子だった。跡取りのいない義父は目標を失ったかのように病院よりも地区医師会で活躍していた。豪放磊落、陸軍士官学校卒業の大人物だった。私は一目で義父に惚れた。この人のためなら、何でもしようと思った。実際私は人生の方向を変えて、この病院の再建に心血を注いだ。妻を愛し、授かった4人の子供たちを愛し、親戚を大切にした。そして大家族が出来上がった。

 私には不思議なことがあった。自分の人生を振り返った時に、あるところで途切れているのだ。その時の前後で、まったく別の人間になっているとしか思えなかった。学生時代の私は、孤独で無気力、神を信じることができず、人生の意味すら分からなかった。クリスチャンや宗教家ともたくさんの対話をした。私は、神を知っている人に一人も出会わなかった。唯一、湯浅八郎だけが心底神を知っていた。彼に会ったとき、もう80歳は過ぎているかと思われる高齢だった。ヒマラヤのトレッキングに行ったとき、その山々を見ながら忽然と神を悟った話をしてくれた。その時の彼の眼は、不思議なほど輝いていた。彼の全身から確信がほとばしり出ていた。思えばシュバイツァーがオリゴ川を汽車で渡った時、大平原の向こうに沈む太陽を見ながら忽然と悟ったように、彼は悟ったのだ。

 私が妻と結婚した時、私は神を知っていた。死後の世界の実在もわかっていた。そう、知っていたのだ。あれほど長い間、信じられないと呻いて模索していたのに。どうして私は神を知るようになったのか。いつから私は変わったのか。記憶をいくら探しても、その時が見つからなかった。

 私は、アピさんの個人リーディングを申し込んだ。アピさんはまだ30歳くらいの若い小柄なやせた女性だった。しかし心の底を打ち破り源とつながっている人だった。悟った人、覚醒した人だった。私はずっと持ち続けていたその質問をぶつけた。アピさんは、しばらく瞑想した。その答えは思いもよらない答えだった。

 「あなたは、ウォークインなのです。」

 まさか。私は、ウォークインのことを本で読んである程度知っていた。ドランバロ・メルキゼデクや奇跡の紅茶のジェイソン・ウインターがウォークインだった。

 「別の魂があなたの肉体に入ってきたのではありません。あなたのもっと高い次元のあなたが入ってきたのです。それは、この時代に目標を達成するために、今までのあなたではもう間に合わないということが分かったので、あなた自身の高い次元のあなたが肉体に宿ったのです。そういうのもウォークインというのです。」

 私には、思い当たることがあった。それは思い出すのも苦々しい経験だった。その頃、ニュースではなぜか頻繁に、信号無視をした車が衝突し、死亡者が出たことを報道していた。そのニュースを耳にするたびに、私の心は疼いた。ものすごい後悔の念が押し寄せて来るのだった。

医学部を卒業した直後だった。夕方、私は母が所属する修養会に出席した。若い出席者の女性を車で送ってあげるように頼まれた。私は免許を取って少し運転に慣れた頃だったので、喜んで引き受けた。それは国道1号線だった。何を思ったのか私は彼女に言った。

「僕は信号無視をしても大丈夫なのだよ。」

前方の信号は赤だった。私は、そのまま国道1号線を横切った。上下3車線ずつ、6車線の国道を私は躊躇なく横断した。何も起きなかった。そして、私は忘れた。

その時の思い出が、突然に湧き上がってきたのだ。何も起きないほうが奇跡だった。夜9時ごろだっただろう。そんな時間帯に、よりによって国道1号線を信号無視することは、自殺行為そのものだった。記憶がよみがえるたびに、深い後悔にさいなまれた。神に許しを請い、自分を責めた。今の私ならわかる。私は、死んでもよいと思っていたのだ。それほどまでに、母に対して痛烈な反発心を抱いていた。

 アピさんのリーディングを聞いて、初めて私は理解した。あの時、私は死んだのだ。死んで霊界の深奥にたどり着いたとき、私はやり直したいと心底願ったのだ。そして、私の代わりに高次の私が降りてきたのだった。私は同じ肉体の中に存在していた。しかし、その前後で全く別人になっていた。それまでの私は、人生のあらゆる出来事に躓いていた。強烈な孤独と絶望の中で、かろうじて生きていた。ところが、その後の私は軽やかだった。思ったことを簡単に実現した。私には自分のカルマが見えていたし、人生の設計が見えていた。そして、喜んでそのカルマの試練に挑戦した。

それでも、試練は厳しかった。新しい私ですら、カルマの罠に落ちた。そして、苦悩の10年間を、地を這いつくばるように過ごした。それにもかかわらず、とうとう課題をこなすことができた。

 自分の人生の軌跡を理解できた時、私はこの時代の深い意味を知ることができた。まさに、人類歴史の終着点に私たちは立っているのだ。

7.グレイ

 平成16年、妻と私はバシャールの講演会に参加した。バシャールとは人類の未来形、今から3000年後のエササニという惑星に住む存在だった。バシャールをチャネルするダリル・アンカは、今の彼と違って当時は内気で口数の少ない青年だった。演壇にダリルが通訳と一緒に上がり、簡単な挨拶をした後、瞑想する。程なくバシャールが現れるのだ。

「はい、皆さんこんにちは。」スピーカーが割れるほどの大きな声で彼は挨拶する。やせ形で小柄なダリルが、筋骨隆々としたマッチョへと変貌するのだ。鼻息の荒いものすごく深い呼吸をしながらバシャールは語りだす。深遠な物語に会場の私たちは一瞬のうちに引き込まれていくのだ。

 講演の後、質疑応答が始まった。バシャールは決して目を開けない。声のする方向に向いて対話をする。最初に質問した男性は、やせて背の高い暗い感じの青年だった。

「私には、宇宙人に誘拐された記憶があります。思い出すたびに恐ろしく、不快な感覚にさいなまれています。彼らはどうして私にこのようなことをする権利があるのですか。」

彼はいわゆるアブダクションの被害者だった。バシャールは、グレイと呼ばれる宇宙人について説明した。彼らは、物質的な科学に没頭し、闘争に明け暮れた挙句の果てに、ものすごい恐怖に直面するようになった。

「その恐怖から逃れるために、自分たちの遺伝子から感情を取り除いてしまったのです。その結果彼らは恐怖を感じなくなりましたが、その遺伝子操作の結果、生殖機能も失ってしまいました。現在の彼らは、クローン技術によって生き延びていますが、このままでは自分たちの種族が滅亡してしまうことに気づいたのです。彼らの一部が、宇宙をくまなく探索した結果、今の時代の地球人を発見したのです。地球人の遺伝子を彼らの遺伝子と掛け合わせることによって感情と生殖能力を復活することができるのです。」

 青年は満足していない様子だった。

「それはわかるのですが、どうして自分は誘拐による恐怖を感じなくてはいけないのですか。ものすごく恐ろしい感覚から抜け出すことができないのです。」

バシャールは説明を続けた。

「グレイは、実は人間なのです。物質文明に執着し続けたあなた方が未来にたどり着いたのがグレイなのです。同じ種族なのです。だから彼らはあなた方の遺伝子を使うことができるのです。あなたの意識では気づかないかもしれませんが、あなたは魂のレベルでそのことに同意しているのです。分かりますか?」

「今、グレイやゼータレクチュエルなどの存在たちが、人間と交配してハイブリッドを作っています。私たちも、同じようにこの時代に人間と交配して生まれたハイブリッドの系統なのです。だから、私たちは皆さんにとても感謝しています。皆さんのおかげで私たちが存在しているのです。今チャネルをしているダリルは、私の過去世です。私は人間として生きる経験を積むことによって、こうして皆さんを助けることができるようになったのです。私たちの活動は、皆さんに対する恩返しでもあるのです。」

 青年は、まだ不満そうだったが分かりましたと席に着いた。

 次の週、妻と私はエクトンの日光リトリートに参加した。1泊2日の短いリトリートだった。参加者はわずか7人程度だった。エクトンもバシャールと同じように人間ではない存在だった。リチャード・ラビンを通じて私たちに語りかけてくれた。リチャードは、金髪で背の高い美しい青年だった。優しい物腰、静かな語り口だった。エクトンは、いまだかつて人間として生まれたことがない宇宙存在だった。いわば天使だった。

 通訳とリチャード、そして参加者全員が一緒に夕食を囲んだ。なんとそこに、あの誘拐された青年がいた。私は、バシャールの感想を彼に聞いた。彼は、一生懸命自分を癒そうとしていた。再び誘拐されるのではないかという恐れを抱いていたが、反面もう大丈夫なのだと感じ始めていた。夕食後、私たちはリチャードの部屋に集った。エクトンが一人一人の質問に答えてくれた。

 妻は、霊能力を発揮し始めていた。しかし、それを実際に活用することをためらっていた。エクトンは、妻を絶賛した。「あなたは大地の母です。4人の子供を立派に育て上げ、なおかつあなたには素晴らしい能力があります。あなたが成功しないなどということはあり得ません。あなたの感ずるままに進んでください。」

 私の番になった。私は今の自分にとても満足していると言った。自分がたどってきた過去の生き方を誇りにしていると言った。するとエクトンが言った。「過去の自分? そんなものを誇りにして、どんな意味があるのか?」手厳しいアドバイスだった。

 私は、ダリルの本を読んでいた。それは、キンバリーという女性とダリルとの共著だった。日本語に翻訳されていないので、英語版で読んだ。そこにはダリルの描いた美しい挿絵が満載されている。あの青年と同じようにキンバリーはグレイに誘拐された。彼女は、恐ろしく不快な感覚にさいなまれていたが、何があったのかを思い出せなかった。

その時、ダリルと出会った。ダリルは彼女の求めに応じて彼女を退行催眠にかけた。すると、彼女はグレイに誘拐された様子を語りだした。宇宙船に連れ去られ、そこで彼女は妊娠させられた後、地上に戻された。彼女は何度も宇宙船に連れていかれ、そのたびに記憶を消された。そして、ついにハイブリッドの赤ちゃんを産んだ。本には、その一部始終が描かれていた。

 私はアブダクションについて調べてみた。1980-90年代、それは多くの人の目に留まるほどたくさんの事件が起きていることが分かった。さらに驚くべきは、アイゼンハワー大統領がアメリカ国民に宇宙人の子供を産む女性を募っていたという話だった。

「やりすぎ都市伝説」では、ハイブリッドの女性がインタビューを受けていた。驚くべきことに、彼女の母親はアイゼンハワー大統領の呼びかけで宇宙船に乗った女性だったという。

アーディ・S・クラークは、インディアン居留区の人々をインタビューして、ハイブリッドの目撃談を報告している。すでに実に多くのハイブリッドが私たちの身の回りで生活しているのだ。

昨年2020年、アメリカ国防省がUFOの映像を公開した。NHK特集番組で、ビゲロー・エアロスペース社の社長は、「あなたの隣に宇宙人がいる。」と言っているが、それは事実だと私は思う。

 最近は、アブダクションの話を耳にしない。ドランバロ・メルキゼデクは、こんな風に説明している。マヤ暦の1万3000年の周期が終わり、人類の保護者はチベットの存在から、ペルーの若い女性に引き継がれた。彼女がエジプトの大ピラミッドの下に隠されていた円盤を活性化させて引き上げた。それによってグレイたちはアブダクションができなくなってしまったのだと。私は、ありふれた日常生活の背後に壮大な物語が進行していることに、徐々に気づき始めた。

8.並行宇宙をジャンプする

 私のわずかな経験の中でも、人類は明らかに並行宇宙をジャンプしながら歴史を進めていた。そう考えなければ理解できないようなことがたくさん起こっている。昭和60年(1985年)、映画『バックトゥザフューチャー』が大流行した。この時、人々は直線の時間軸で歴史をとらえていた。主人公のマーティは、過去を変えてしまわないように細心の注意を払った。もし、マーティの両親が出会っていなければ、彼は現実世界から消えてしまうのだ。私たちは、ハラハラドキドキしながらマーティとドクの物語に陶酔した。

 しかし、平成28年(2016年)に日本で大ヒットした『君の名は』では、主人公たちは二つの並行宇宙を行き来した。パラレルワールドという概念が人類にとって当たり前のものになった。理論物理学では、10の500乗の並行宇宙が存在するという。それはほぼ無限大の数だ。

 昭和61年(1986年)芹沢光治良は『神の微笑』を発表した。90歳の光治良が、地上と霊界を行き来し、親神様の計らいをともに経験する物語だ。次々と発表される物語の中で、親神様はソ連のゴルバチョフとアメリカのレーガンを導いていた。当時鉄のカーテンと呼ばれたソ連が崩壊するとは、誰も予想だにしない時代だった。しかし、平成元年(1989年)ベルリンの壁が崩壊すると、ドミノ倒しのように東欧が雪崩を打って崩壊し、平成3年(1991年)ついにソ連邦が崩壊した。世界中が歓喜に沸いた。しかし、光治良の愛読者たちはもっと驚いた。崩壊が始まる何年も前から知らされていたからである。

 昭和48年(1973年)五島勉が『ノストラダムスの大予言』を出版すると、日本中にノストラダムスブームが起きた。人類滅亡のシナリオがおどろおどろしく喧伝された。難解な四行詩は人々の興味を引き、未だに様々な解釈が行われている。しかし、ドロレス・キャノンは退行催眠療法による変性意識状態を使って、16世紀のノストラダムスと直接対話をした。中世に生きたノストラダムスは、常に宗教裁判の脅威にさらされていた。そのため様々な暗喩を用いて予言を四行詩に託した。中世から未来を見通した時、第3次世界大戦が起こり、人類は滅亡の危機にさらされる。ノストラダムスは予言を通じて人類に警告を発したのだ。人類は西暦2000年、最悪のシナリオを回避した。

 バシャールがある時面白いことを言っていた。かつて人類は1963年(昭和38年)にJFケネディ大統領が暗殺されていない歴史を選択していた。ところが、そのシナリオを書き換えたと言うのだ。ケネディは、UFOに関する情報を開示しようとしていた。そして実際に開示したのだ。ところが、人類はその情報を冷静に受け止められなかった。人々はパニックに陥り、宇宙人との戦争という究極の恐怖の挙句に自ら滅亡するシナリオを突き進んでしまった。そこで、ケネディを暗殺し、UFO情報を開示しないシナリオに変更したのだという。

 1万3000年前、大洪水が起き大陸が沈没して、アトランティスが崩壊した。沈没を逃れて多くのアトランティス人が世界中に逃げた。しかし、沈没と同時に人類意識のグリッドが崩壊してしまうことが分かっていた。地球の表面に張り巡らしたグリッドがなければ、人類はキリスト意識を保つことができない。グリッドの崩壊とともに、あれほどまでに進化した人類はすべてを失い、毛むくじゃらの野蛮人と化してしまうのだ。野蛮人が文明を理解できるまでには、7000年の月日が必要であった。さらに、6000年の後に人類はもう一度キリスト意識を復活させなくてはならない。もしそれに失敗すれば、次のサイクルが訪れる2万6000年後を待たなければならないのだ。アトランティス人たちは、キリスト意識のグリッドを復活させるために、地球上のグリッドの交差点に巨大な石を用いて遺跡を建設した。エジプトのピラミッド、イギリスのストーンヘンジ、マヤ文明のピラミッドなど世界中に散らばる遺跡はすべてグリッド上に建設された。

 この物語は、『神聖幾何学』を著したドランバロ・メルキゼデクの説である。ドランバロたちは世界中の遺跡に、その遺跡固有のクリスタルを設置した。ドランバロによると6000カ所の遺跡が息を吹き返した。こうして、人類は再びキリスト意識を保持するグリッドを手に入れたのだ。

 『神々の指紋』のグラハム・ハンコックは、世界中の遺跡を訪問しあまりに精密な設計、深い意図を読み取って人々に紹介した。現代文明をはるかにしのぐ高度な文明がかつて存在したことを証明しようとした。それは、ドランバロの話とあまりにもよく一致していた。

 私たちは、平成16年ドランバロのワークショップに参加した。ワークショップの目的は、本来人体の周囲に存在しているマカバと呼ばれるエネルギーフィールドを取り戻すためだった。それはちょうど渦巻銀河を横から見たのと同じ形をしていた。そう、宇宙には一つの原理しか存在しないのだ。それがフラワーオブライフだった。3次元的図形の中に、プラトンの5つの正多面体がすべて含まれていた。ドランバロは、この神聖幾何学の知識をすべてトートから教えてもらったという。トートは、エジプトの神殿にトキの姿で描かれている、エジプト歴史の記録保持者だった。数千年の時を超えて、トートはドランバロの前に姿を現した。

 トートは、かつてギリシア文明ではヘルメスと呼ばれていた。アルキメデス学派では、神聖幾何学は門外不出の秘密であった。そして、トートはレオナルド・ダビンチにも現れた。ドランバロは、トートから学んだ神聖幾何学模様と全く同じ図形がダビンチの習作の中に描かれていることを発見した。そして、ダビンチの描いたウィトルウィウス的人体図の本当の意味を解明した。トートは、ニュートンの前にも姿を現したという。ニュートン物理学の完成度は、たった一人の人が短い人生で発見できるものではない。

 そのドランバロが私たちに教えた最後の瞑想は、『90度ターン』と呼ばれている。2013年私たちは海部仁美さんからそれを学んだ。人類歴史が終わる日、『90度ターン』の瞑想を学んだ者たちは、銀河にジャンプするように言われていた。私たちはこの地球から姿を消し、まったく新しい地球に新生するのだ。その時には、3日間のボイドを通過する。

 2013年ドランバロは、まったく新しいワークショップを開発した。それはグレースと呼ばれた。しかし、グレースは私たちの世界には伝えられなかった。ドランバロは、今までの教えとは全く違う内容になったと言い残したまま、私たちの前から消えてしまった。

 今になって思うと、ドランバロの『90度ターン』は、人類救済の最終手段だった。人類は予定の日までに覚醒することができず、地球は滅亡する。そのシナリオでは、わずかな人々だけがドランバロの技法を使って滅亡する地球から新生地球にジャンプするのだ。

 しかし、人類は覚醒の方向へと飛躍したのだ。最早、最終手段は必要なくなっていた。

 そこへバシャールからまったく新しい情報がもたらされた。

「人類の集合意識は、2017年重大な選択をした。」

意識の反転が始まったのだ。覚醒への大ジャンプに成功したのだ。人類滅亡のシナリオは完全に消滅した。

 ドランバロは、人類意識の反転が1995年におこると予測していた。『神聖幾何学』にその時を図示した。だが、何も起こらなかった。そして、マヤ暦が終わる日、2012年12月21日人類意識の反転が起こると多くの人が予想した。だが、何も起こらなかった。しかし、ついに2017年反転が始まった。

 こうして、私の眼には人類は次々とより高い並行宇宙へと乗り換えている。

 2021年1月20日トランプ大統領が世界政治の舞台から姿を消した。マシュー君やブロッサム・グッドチャイルド、Qアノンたちが予言した「世界緊急放送」は起こらなかった。それはあたかも光の世界の計画がとん挫したような印象を多くの人に与えた。しかし、私の眼にはさらに多くの人々が覚醒できる、より高い並行宇宙に人類はジャンプしたと見える。

 2019年1月、並木良和先生が私たちの前に現れた。私が学んできたすべての知識を携えて彼は現れたのだ。私は狂喜乱舞した。そして実際に会った瞬間、私の予想をはるかに超えた存在だということが分かった。まさに歩くブッダだった。矢作直樹先生は、「並木先生が人間なら、私はサルです。もし私が人間なら、並木先生は神です。」と本気で言った。

9.歴史の終着点

 どうも現在は、人類歴史の終着点のようだ。歴史は、私たちが学んできたような直線的な時間をたどってはいなかった。あらゆる瞬間に無数にある並行宇宙の間を行き来しながら、進行していた。一人の人間自体が多次元的に存在している。それもこの瞬間に3次元、4次元、5次元、6次元、、、と、それぞれの自分が存在していて、活動している。ただ、私という意識は、3次元の今という時間に焦点を当てて経験しているのだ。もちろん、その3次元の中にも無数の階層があって無数の自己が存在している。ただ、残念ながら私たちの意識はあまりに狭いので、同時に一つの自分しか意識できないだけだった。

 天才は、多次元的な能力を発揮することができる。将棋の羽生善治九段は、同時に10人と将棋を指すことができる。霊界通信の中で、エリック君は霊界で進化するにつれて、一度に10人の話を聞いて同時に返答することができるようになったと語っている。それは、天才だけの特殊な能力ではなく、私たちが意識を拡大すれば、だれでも獲得できる能力のはずだった。

 創造の初め、源だけが存在していた。源の生み出すものはすべて完全であり、光に満ち満ちていた。至福に満たされ、歓喜に満ち溢れていた。しかし、すべてが光であったなら自分が光であることがどうして分かるだろうか。そこで、源は大天使ルシファーに源ではないものを創造するように命じた。光は闇があってこそ、自分が光であることが分かる。善は、悪が存在することによって自分の本当のすばらしさが分かる。歓喜は苦悩があって初めて感動が生まれる。愛は不安があって初めて珠玉のエネルギーを発揮する。

 こうしてルシファーの実験が始まった。私たち人間は神の光で創造されたが、自分が神であることを忘れた。そして、源とつながれ、源から送られる光と愛のエネルギーで存在していることを忘れた。魂の渇望が始まった。3次元世界のどんな宝を手に入れても、魂の飢えを癒すことはできない。どんなに素晴らしい冒険に出かけても、どんなにその冒険に夢中になっていても、何かが足りない。それは羅針盤のように源を指し示している。そして今、源に帰る時が来た。源から遠ざかり、源ではないものを創造しつくした私たちは、魂の渇望に従って源へ帰る時を迎えた。

 源は、ルシファーに帰還を命じた。ルシファーは、ルシエルと名前を変えて全存在に源へ帰還するように誘っている。こうして私たちは歴史の終着点に到達した。源ではないものに向かって振られた振り子が、反転して源へ戻り始めたのだ。

しかし、終着点の壁を突き破ってさらに進もうとする者たちもいる。例えばグレイだ。だがその先はないことに気づいた彼らは、終着点である現在の地球を発見して戻ってきた。私たち人類も、人類滅亡のシナリオを何度も書き直してきた。なぜなら今が終着点だからだ。

すべての人に自動的に意識の反転が起こるのだろうか? そうではない。私たちに自由意志があるために、反転も自ら選択しなくてはいけない。反転するためには、心にため込んできた源ではないものを断捨離する必要がある。反転し源へ戻ろうと決めること、それが目覚めの選択だ。断捨離の方法が、統合だ。

善と悪、光と闇、愛と不安、高いと低い、高価と無価値など相対的に分離していた概念を、光一元に統合していく作業が必要だ。これが自分だと思い込んでいたものを手放し、創造の初めに戻る作業だ。

すべての人が無意識に統合を始めている。だが、意識的に取り組めばもっと早く源に戻ることができる。苦悩が去り、日々光のエネルギー量が増加していることを実感できる。世界は混とんとして、闇が一層深くなっているように見えるかもしれない。しかし、夜明け前が一番暗いのだ。そして、夜明けはすでに始まっている。さあ、一緒に光へ戻っていこう。すべての人は無条件の愛そのものだ。至福と歓喜は人間の根源的な権利だ。発展に次ぐ発展、飛躍に次ぐ飛躍、冒険の旅に出かけよう。すべての人がいざなわれている。神に感謝。宇宙に感謝。源に感謝。ありがとう。

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